即戦力として採用した能力不足の従業員の解雇を有効とした例(東京地裁R3/10/20)

記事の結論

●的確に証拠を残し、能力不足が著しく改善の見込みがないことを示せさえすれば、解雇は可能

●解雇する前に交渉による円満解決もありうる。

●労働問題に詳しい弁護士に相談することで迅速・合理的・円満な解決が可能

1 裁判例の情報

概要:東京地裁R3/10/20判決

掲載:労働判例1313-87・判例秘書L07632582

2 事案の概要

・被告は,食用油濾過機の製造等を業とする株式会社で、被告の11月9日当時の社員数(役員数を除く。)は44名。被告の部署は4部門からなり、原告が配属された板金課は製造部の下に置かれ,板金課の下には「加工」,「溶接1係」,「溶接2係」及び「仕上」の4グループが置かれていた。

原告は,平成30年11月9日に雇入れられ(当時50歳)被告の製造部板金課溶接1係に配属された。当時の板金課長はA課長,溶接1係長はB係長であり,溶接1係には,B係長及び原告を含め,5名が配属されていた。被告は,12月13日,原告に対し,解雇の意思表示をした。

 

【採用までの流れ】

・採用時の求人票には、「ア)職種 板金加工 溶接(経験者)(イ)仕事の内容 食品関連機械の食用油濾過機の製造業務 鉄・ステンレス板の板金加工,溶接 使用用具・設備として,サンダー・ドリル・アルゴン溶接機・ベンダー等を利用します。 溶接:ステンレス2mm(厚),鉄2~5mm(厚)(ウ)必要な経験等 溶接,他板金加工経験」との記載がある。

・原告は、履歴書等を提出したが、その中には、業務の経験が豊富である旨の記述があった。

・被告は,10月下旬,原告の採用面接及び作業テストを行った。原告は,採用面接において,ステンレスの薄物のTIG溶接については経験が浅いものの,やったことはあるため,勘を取り戻せばできる,すぐに勘を取り戻せるなどと述べた。なお、テストの結果は不良であった。

・被告は原告を採用した。

 

【採用後の問題行動等】

原告が製作した引っ掛けドライバーは,先端の曲がっている部分の角度や長さが区々であったこと,原告が製作した圧力スイッチカバーには,溶接不良が多数認められたこと,原告が製作した上蓋ストッパーには,明らかにサンダー掛けが粗いものが認められたことなどから,いずれもそのままでは商品化できないものがほとんどであった。また,溶接不良の原因のほとんどは,トーチを動かす速さや,トーチと母材との間隔が一定でないこと,直線的に溶接できないこと,仮止めがしっかりとできていないことにあった。

原告が製作したもののうち,商品にならないものとして被告に保管されていたものは以下のとおりである。

・上蓋ストッパー 354個中339個

・圧力スイッチカバー 50個中49個

・引っ掛けドライバー(大) 60個中58個

 

 

【会社の指導等】

・B係長は,11月15日,原告が溶接した圧力スイッチカバーの確認作業を行い,原告に対し,①溶接すべき部分がきちんと溶接されていないこと,②過剰に溶接されている部分があり,全体としてムラがあること,③溶接部分がずれて周辺に焦げができていること,④溶接部分をサンダーで磨き上げて仕上げをすることも指示や見本どおりにできていないことを指摘し,溶接の不備をマーカーで示すなどして溶接の仕方やポイントを指導した。しかし、指導後も、原告は不良品を作り続けた。

・A課長は,12月6日,原告に対し,本件指導書を交付した。本件指導書には,技術水準の目標を設定した基準表が添付されており,同基準表においては,専門学校等を卒業したばかりの技術レベルを有する人物を基準として,入社1年目に製作する部品及びその所要時間の目標が初級(レベルC)と設定され,同様に,入社2年目に製作する部品及びその所要時間の目標が中級(レベルB),入社3年目に製作する部品及びその所要時間の目標が上級(レベルA)と定められている。それぞれのレベル及び目標は,A課長が設定したものである。また,上記基準表の下部には,①経験者はレベルBが水準であるが,原告はレベルCの一部もまだ完全に任せられない状態であり,②12月12日までに被告が指定する部品等を全て制限時間内で製作し,被告が判断を任せた工場の役職者全員から合格をもらうよう要請すると記載されている。

・原告は12月6日、7日、10日に製品を作成したが、いずれも製品になる代物ではなかった。

・被告は,12月13日,原告に対し,解雇の意思表示をした。

3 判断内容

本件求人票にも,溶接その他板金加工の経験者を求める旨が明記されている〔中略〕被告は大規模な会社であるとはいえず,原告が配属された溶接1係の人員も5名と小規模であって,即戦力となる溶接の経験者を雇い入れる必要性は高かったものと認められる。

・原告〔の履歴書の〕記載を素直に読めば,原告が,母材の種類や厚みを問わず,商品化に耐え得るだけのTIG溶接の技術力,あるいは,少なくとも専門学校等を卒業したばかりの者に期待される水準を上回る技術力を有し,溶接グループにおける即戦力として期待できるものと受け取るのが自然である

原告は,採用面接と併せて実施された作業テストにおいて,ステンレスのTIG溶接を満足に行うことができなかったものの,①ステンレスの薄物のTIG溶接についても,経験があり,勘を取り戻せばできる旨や,すぐに勘を取り戻せる旨を述べていたこと,②TIG溶接の手順自体は習得していたこと,③作業テストは長くても20分ないし30分程度のものであったこと,④前記の添え状,履歴書及び職務経歴書が提出されていたことからすれば,原告の上記発言を信じ,試用期間中の作業内容を吟味して本採用するか否かを決定することとしたことには,合理的な理由があるというべきである。

・原告は,濾過機を構成する部品のうち,専門学校等を卒業したばかりの者が製作目標とするような〔作業さえもできず〕製作した製品のほとんど全てが商品にならないものであったから,原告の実際の技術水準と,履歴書等の各書類や作業テスト時における原告の言動から期待される水準との間には,相当程度の乖離があったと認められる。

・原告は,B課長から溶接不良の箇所をマーカーで示しながら,溶接が過剰な部分があり,ムラが生じていることや,溶接すべき部分がずれていることなど,溶接不良の原因について具体的な指摘を受けていたにもかかわらず,被告代表者との面談において,溶接のポイントがずれているという指摘がいかなる趣旨であるか理解できないなどと述べ,その後も溶接不良が改善されなかった

・そして,原告が本件解雇までに製作した製品の数は合計で数百点に及び,原告の技術水準を判断するには十分であったと認められるから,被告において,試用期間の満了を待たずに,原告が期待された技術水準に達する見込みがないと判断したことにも合理的な理由があるというべきである。

・以上の諸事情に照らせば,本件解雇は,解約権留保の趣旨,目的に照らして客観的に合理的な理由があり,社会通念上相当であると認められる。

 したがって,本件解雇は有効である。また,本件解雇が違法であるとはいえない。

4 判決のポイント

(1)能力不足の従業員の解雇のポイント

この事案は、わずか1か月半という非常に短期間で、能力不足を立証し、解雇を有効とした裁判例です。能力不足の従業員への対応のポイントは次の3点です。

 

ポイント①:契約上求められている業務の水準を明確にする

ポイント②:①の能力に達していないことの証拠を確保する

ポイント③指導等をしても、②が①の水準に達しないことを明らかにする

 

これらが全てそろっていない事案では、裁判所は解雇を無効と判断し、会社に対して従業員の復職と数百万円を超える支払いを命じます。

(2)裁判例の特徴

①について、求人票や採用面接を通じて、雇用契約上求められている業務の水準が「原告が,母材の種類や厚みを問わず,商品化に耐え得るだけのTIG溶接の技術力,あるいは,少なくとも専門学校等を卒業したばかりの者に期待される水準を上回る技術力を有し,溶接グループにおける即戦力」であることを明らかにしました。

その上で、②について、数百点に及ぶ製品が不良であったことを写真で記録して証拠で裏付けました。さらに、③についても、短期間のうちに面談指導を行うとともに、その際の労働者の反応等の裏付けを残しています。

これらにより、解雇に必要となる要素を短期間に集中的に集めて解雇に臨んだことで有利な結論になりました。

(3)少人数の会社でも指導は必須であること

この会社は、原告の部署の従業員はわずか5名です。このような少数の中で、即戦力として入社した人が使えないとなれば、すぐに解雇したくなると考えます。実際に、この裁判例でも、原告の作業の補足のために人手がかかりすぎる旨の苦情が出ていました。

しかし、即座に解雇せずに、会社は少なくとも二度にわたり指導を行っています。うち1回は書面による厳重注意書も活用しています。

これらの指導の結果、裁判所に、原告には改善の余地がないことを理解してもらうに至っています。

おそらく、この会社は、労働問題に詳しい弁護士等に相談しながら対応を進めたものと思われます。

5 弁護士に相談するメリット

(1)問題行動の記録と指導の証拠化

①求人票、雇用契約書、面談内容の助言。本件のように求められる業務の水準を特定できる契約を作ることができます。

②問題行動等の記録化。本件のように能力不足の証拠を集めることで、裁判になった場合にも有利に戦える材料を集めます。

③指導面談時の注意指導書、面談の台本作成等の実施。これらにより、注意をしても改善しなかったことの裏付けを確保します。

(2)円満解決に向けた準備

本件は、訴訟になったことで3年もの間、紛争が続いてしまいました。

①~③で集めた証拠等を活用して話し合いをすれば、短期間で合意による解決もできます。

退職合意に向けた面談の台本作成や、退職合意書等の作成もサポートします。

(参考裁判例)

・即戦力従業員の解雇が無効となり、賃金4年分(約2900万円相当)の支払いと復職を命じられた例

 (東京地裁R6/3/18判決労働経済判例速報2563-20)

・新卒採用6か月間で131件ものミス等を繰り返した従業員の解雇(分限免職処分)が無効となった例

 (熊本地裁R5/3/24判決)