労基署から是正勧告を受けて残業代を支払うときの注意点〔東京地裁R3/10/14判決〕

労働基準監督署による未払い残業代の調査が増えています。労基署の勧告に従い、残業代を支払う際には、「いつの残業代か」等を示すことが重要です。

 

今回は、裁判例を題材に、労基署から是正勧告を受けた後に残業代を支払う際の注意点を確認します。

1 裁判例

(1)基本情報

東京地裁R3/10/14判決(1320-70)

 

(2)概要

・労働者Xは平成27年4月27日以降、会社に雇用され働いていた従業員です。賃金締め日は毎月20日、支払いは当月末日です。

 

・この訴訟に先立って、会社は、平成29年頃に労基署から残業代未払の是正勧告を受けました。そして、平成29年10月26日、労働基準監督署の是正勧告に従い、労働者Xらに未払残業代の一部を支払いました(本件支払)。この支払は、平成28年1月21日以降の残業代(平成28年2月支払い分以降)として支払ったものでした。

 

・その後、労働者は、本件支払では残業代が全額支払われていないと主張し、平成27年4月27日から平成29年7月4日までの賃金請求をしました。

 

・労働者は、この請求を平成30年3月20日に行いました。当時、残業代の消滅時効は2年間であったため、会社は、請求日から2年以上前の賃金(平成27年5月末支払い分〜平成28年2月支払い分)は消滅したと反論しました。

 

・これに対し、労働者は、本件支払によって、会社が入社日以降の残業代の債務の存在を承認したため、消滅時効はリセットされたと反論しました。

 

 

労働者側の主張

 

会社側の主張

平成28年3月より前の残業代についても債務承認があるため、時効により消滅していない。

VS

平成28年3月支払分より前の残業代はすべて時効に消滅している。

争点

・平成29年10月26日の支払(本件支払)が債務承認に該当するか。

 

 

(3)結論

労働者側の言い分が認められ、100万円を超える残業代の支払いが命じられました。

 

(4)理由

「平成29年10月26日に〔労基署の是正勧告に従い〕未払賃金の一部を振り込んだ際、同人らに対し、同未払賃金は平成28年1月21日以降の時間外労働に対する賃金への弁済であることについて通知等をしておらず、弁済の充当を指定していない。そうすると、法定弁済充当の規定により、当該弁済は弁済期が先に到来した債権から順次充当される〔ため〕被告による弁済は、被告において就労していた全期間の時間外労働の時間外労働に対する未払賃金への弁済であると認識していたものである。」と判断し、「全期間の時間外労働に対する未払賃金全てについて債務承認があったと認めるのが相当」である。

2 今後の対応のポイント

 

・労基署の是正勧告に沿って支払う際にはいつの残業代かを明記する

・あるいは、清算に先立って、未払残業代がない旨の合意書を交わす

・そもそも、未払残業代を発生させず、また、不当な是正勧告を防ぐ

 

(1)精算時の対応

この判決では、残業代を清算した際に、「平成28年1月21日以降の残業代(平成28年2月支払い分以降)の残業代である」と伝えなかったことが原因で、本来は消滅時効にかかっていた部分の残業代まで支払いを要することになりました。

 

このような事態を防ぐためには、労基署の是正勧告に基づいて過去の残業代を清算する際には、少なくとも、該当月の給与明細に、どの期間の未払残業代であるかを明記して支払うことが必要となります。

 

また、金額が大きい場合等には、労働者と合意書を交わすことが考えられます。合意書の内容は次のとおりです。

 

1 会社は、未払割増賃金として●●円の支払い義務があることを認める。

2 会社は、1の金銭から公租公課を控除した残額を、●●日限り、給与振込口座に支払う。

3 会社と労働者は、合意書締結時点で、1の他に何らの未払賃金がないことを確認する。

 

このような合意書を交わすことにより、消滅時効を超えた残業代の支払いを命じられるリスクを減らすことができます。

 

(2)未払残業代と不当な是正勧告を防ぐ

ただし、いずれも是正勧告が出た後のいわば対処療法です。

未払残業代が発生しない規則作り、契約書の作成、労務管理を行うことが最善手であることはいうまでもありません。

 

また、労働基準監督官も現場の実態を全部把握しているわけではありません。そのため、時に内容が不当な是正勧告が出ることもあります。

このような不当な是正勧告が出ないようにするためには、労働基準監督署の調査時から、労働法令を踏まえた会社として必要な説明、証拠の提出等を行うことが重要です。