いわゆる自爆営業について、厚生労働省は、その一部がパワーハラスメントに該当する旨を指針に明記する方針を決めています。今回は、自爆営業がパワーハラスメントになった事案を参考に、パワハラとなる自爆営業がどのようなものか、それを防ぐにはどうすべきかを確認します。
※「自爆営業」とは、使用者が、労働者に対し、当該労働者の自由な意思に反して当該使用者の商品・サービスを購入させることと、一応定義されます。
(規制改革推進会議「規制改革推進に関する答申 ~利用者起点の社会変革~」2024-5.113頁 https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/publication/opinion/240531.pdf)
1 裁判例の概要
(1)情報
名古屋高裁令和6年9月12日判決(労経速2570-20)
(原審:名古屋地方裁判所判決令和5年6月12日判決(判例秘書搭載))
(2)事案の概要
・本件は、信用金庫の職員であったA(昭和61年生まれ。平成22年4月1日付で信金に雇用された後、平成27年4月1日以降は、得意先係主任)が、支店長Bとのトラブル等により平成29年5月4日に自死した事案である。
・当該支店では、Aは、営業目標を達成するために、自分名義の口座をいくつも作ったほか、必要のない父・母や妹であるC名義のクレジットカード(ゴールドカードが多くを占めていた。)を、父・母には頼んだりし(ただし、無断のものもあった。)、Cには無断で作るなどして、年会費は自分で負担し、ノルマとされる預金量を増やすために父から借金するなどしていた(本件の自爆営業)。
・このような状況でB支店長は、Aに対して「親に頼んでもどうにか案件とってこい。」、「おまえの家、金持ちなんだから親に頼んでどうにかなるだろう、仕事を引っ張ってこい」などと言っていた。
・このほか、支店長Bは、Aに対し〔顧客の引継ぎに問題があった際に、〕「横領しているからではないか」などと言い、その言い方も次第に激しくなっていった。またAが営業ルートから外れると、『おまえまたサボっていただろう。』などとも言った。さらには、Aが何回も直前で大きな仕事を逃してしまったことに対しては、『こんなのも取れなかったのか、なんでなんだ、なんでそんなこともできないんだ。』などと罵倒し、胸倉を掴んで『案件取らぬ者は給料泥棒』などと罵倒したり、『おまえの家、金持ちなんだから親に頼んでどうにかなるだろう、仕事を引っ張ってこい。』などと詰め寄ったりした。
(3)判断内容
・自爆営業の心理的負荷は「強」に近いものであり、B支店長の言動はパワーハラスメントである。
・自殺はパワハラによるものであり、労災である。
※会社とB支店長個人に5000万円程度の損害賠償責任が生じ得ることとなった
(4)理由
・少なくともB支店長が着任して以降のZ支店においては、営業目標の数値が実際に職員にとって無理のない範囲で設定されていたとの事実は認められないし、B支店長が、部下職員の営業目標の不達成に対して厳しい叱責を行い、「案件取らぬ者は給料泥棒」などと述べていることからすると、上記のような建て前〔注:、各職員の営業目標の数値は、職員の意見も聞きながら設定され、上司が一方的にその設定を行うものではなかった〕はあるとしても、これによってZ支店における営業目標(ノルマ)が一般的な金融機関の営業職員であれば達成可能な範囲で設定されていたと認めることはできない。
・必要のない親族名義のクレジットカード等の契約を締結したりすること(いわゆる自爆営業)は、通常の営業活動の範囲内にあるということは到底できない。すなわち、Aは、平成23年から平成26年までの間に、必要のないCを含む親族名義のクレジットカードを無断で契約するなどした上、本人に渡さずに自分で保管し、会費を負担していたのであり(甲A2の1・266~276頁、甲A12、証人C)、これは、ノルマ達成のためにのみ行われていたものであると認められ、自爆営業を行っていたのであるから、Z支店における営業目標が厳しいものであったことを示しているということができる。
・B支店長が、Aに、「おまえの家、金持ちなんだから親に頼んでどうにかなるだろう、仕事を引っ張ってこい。」などと詰め寄っていることからすると、少なくともAについては、自爆営業を余儀なくされるような達成困難な営業目標が設定され、自爆営業が限界に達した状況にあってもなお、同様の自爆営業的な手段まで使った営業目標の達成を要求されていたことが優に推認されるのである。しかも、B支店長が、部下職員の営業目標の不達成に対し、「案件取らぬ者は給料泥棒」と述べるまでして厳しい叱責を行っていることは、それ自体が目標を達成できなかった場合のペナルティーと評価することができるし、「給料泥棒」という表現により、給料面や待遇面でも不利益を与えることを示唆しているといえるのである。このようなB支店長の営業目標不達成者への非常に厳しい対応は、〔中略〕支店長としての自分の立場を守り、あるいは手柄とするために、必要以上に厳しくなっていたことが推認できるのである。
・Aは、自爆営業まで行い、既にその限界に達していたのに、B支店長から、その継続を要求され、案件が取れないことについて「給料泥棒」などと罵られ、胸倉を掴んで罵倒されていたのであるから、達成困難な営業目標(ノルマ)の設定という点のみにおいても、一般的な金融機関の職員にとって、その心理的負荷の程度は少なくとも「中」に該当し、「強」に近いものであったというべきである。
・最終的にその他の指導も含めて、B支店長の言動をパワーハラスメントと評価し、Aの自殺は労災によるものと判断した。
2 検討(自爆営業がパワハラとなった理由)
ノルマを設けてその達成を目指すこと自体はパワハラにはなりません。また、自社製品の購入を従業員や親族等に勧めさせることも、それ自体はパワハラではありません。
しかし、本件では
・無理なノルマを課したこと
・ノルマが達成できなかったことを理由に「給料泥棒」等と叱責したこと
・自爆営業を認識しながら是正せずに、却って「お前の家族に頼め」等とさらなる自爆営業を要求したこと
という特性があります。
これは、売り上げを立てるという業務上の必要性を考慮しても方法が相当ではない(その方法をとったことが合理的ではない)自爆営業であり、全体として強度のパワハラとなりました。
そして、この背景には、ハラスメント窓口が機能していないという不備もありました。
(参考)
自爆営業は次の2パターンに区分できる。
①自社商品購入要求パターン(例:自動車等自社製品の購入を強制される)
②営業ノルマ未達分の買取要求(例:余った恵方巻をアルバイト等に購入させる・割高で売れない商品のノルマ未達成を購入させる等)
そして、使用者としての立場を利用して、従業員に不要な商品の購入を強要することは、不法行為と なる可能性があり、公序良俗に反した場合は売買行為が無効となる可能性。パワーハラスメン ト(労働施策総合推進法第 30 条の 2 第 1 項違反)となる可能性もあるとの指摘がされている。
(内閣府「後を絶たない自爆営業」2023.11.
https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/2310_03human/231115/human02_05.pdf)
(参考)パワーハラスメントの定義
職場のパワーハラスメントとは、職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの3つの要素を全て満たすものをいいます。
そして、 新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到底対応できないレベルの業績目標を課し、達成できなかったことに対し厳しく叱責すること。」は過大な要求としてパワハラの一例であると明示されています。
3 対応策
(1) ハラスメント窓口を機能させる
ハラスメント窓口に調査の依頼があれば速やかにヒアリング等を行います。その際には、
・被害者のヒアリング
・加害者のヒアリング
・当該課員等のヒアリング
等を行います。
また、次のような客観証拠を探します。
(証拠の例)
例
・ノルマの内容を記録した書面
・支店の取引データ(従業員個人やその親族名義の契約が複数ないか等)
・社内伝達事項(買取等を命じる伝達・売上棒グラフの回覧資料)
・労働時間の管理記録
・営業会議のアジェンダ
・社内メール、チャット
・録音
等
これらを踏まえて、自爆営業を命じる等のパワハラがあったか判断します。
パワハラの場合には行為者に対し、懲戒処分や異動、降格等の対応を行います(表題の事案はこれらを行なっていなかったがためにハラスメント窓口が機能不全となっていました)
また、パワハラでなくとも、無理なノルマ設定等があった場合には、上司に対する処分や従業員への補償、再発防止策を検討することになります。
(2)自爆営業を防ぐ仕組みを取り入れる
上記「後を絶たない自爆営業」では、入社時に車をローンで買わせた事例やノルマ未達成時に郵便はがきを購入させた事例が紹介されています。本事例のように、会社等が部下に対して商品の購入を命じることは、パワハラの定義に該当する危険性の極めて高い行為です。
このほか、自爆営業それ自体を予防するためには、次のような工夫が考えられます。業界の実情も考慮しながら、これらの工夫を組み合わせることになります。
・ノルマ(最低売上目標)を従業員と会社側が協議して決める。
・ノルマは、過去の実績等から合理的な水準にとどめる。
・ノルマを達成できなかった場合には、叱責ではなく、どのように改善するのかという改善策を協議するという姿勢を示す
・ノルマ未達成時に賃金を下げるのではなく、ノルマ達成時に賞与や歩合給を上乗せする方法で出来高を反映する
(3)全く売れない社員への対応は別途行う
他の人が当たり前に販売できている製品が全く売れないという方の場合、自爆営業をさせてもノルマを達成させるのではなく、原因を分析して指導を行うことになります。
過去に対応した事案では、商品が全く売れない営業社員に対応した事案があります。その事案では、社員の商品知識、接客態度に問題がありました。
そのため、知識習得のための学習をさせたり、毎日の日報で指摘された問題点を書き出してもらったりしました。
このように営業成績が全く上がらない社員には原因に応じた指導等が欠かせません。これらを経ても契約上求められる水準の業務ができない場合には、解雇等も視野に入れた対応になります。
4 まとめ
自爆営業は、労働者の資産を奪うため、労働者の破産や自殺を直接的に誘発します。自爆営業のあった事案では自殺案件が少なくないとの指摘もあります。
そのため、自爆営業を発生させない、万が一発生したとしても重篤化する前に止めることが大切です。