通勤中に従業員が盗撮行為等を行った場合にどう対応すべきでしょうか。
私自身も、「盗撮行為=犯罪=懲戒解雇相当」と考える経営者の方と多数お話をしてきました。
しかし、裁判所が「盗撮行為=犯罪=懲戒解雇相当」と考えるとは限りません。今回は、懲戒解雇が無効となった裁判例を紹介しつつ、企業側の対応を検討します。
1 裁判例の概要
(1)情報
名古屋地裁R6/8/8判決 労働経済判例速報1320-3
(2)事案の概要
・労働者はC郵便局郵便部課長である。
・労働者は、令和5年7月12日に名古屋市営地下鉄の電車内で、通勤途中に、小型カメラ入りのリュックを足元において盗撮を行った。労働者は、同日中に逮捕されたが、翌日に釈放された。同月18日に始末書(顛末書)を提出し、同月26日に被害弁償で示談。
・会社は、令和5年9月21日に懲戒解雇
・令和5年11月16日に不起訴処分。報道はなし。
※就業規則上、懲戒標準においては、職務外の非違行為は、刑事事件で有罪とされたものは「懲戒解雇~減給」とされているが、それ以外の非違行為は基本として「減給~注意」となっている
(3)裁判所の結論
懲戒解雇は無効と判断し、解雇日から判決日までの賃金10か月分(約400万円)の支払いと復職を命じた。
(4)理由
・本件行為については、行為時においては条例違反にとどまる。
・労働者は被害者と示談をし、不起訴処分がされており、刑事手続きにおいて有罪判決を受けた者ではない。懲戒標準では職務外の非違行為において刑事事件で有罪とされたもの以外については、基本として「減給~注意」等となっており、有罪判決を受けた場合と比して、類型的に、会社の業務に与える影響や被告の社会的評価に及ぼす影響は低い
・本件行為について報道がされておらず、その他本件行為が社会的に周知されることはなかった上、原告自身も本件行為の翌日には釈放されており、通常の勤務に復帰できる状態になったので、本件懲戒解雇次点において、本件行為及び原告の逮捕によって、被告の業務等に悪影響を及ぼしたと評価することができる具体的な事実関係があったとは言えないこと等。
2 今後の対応のポイント
①会社が盗撮等によりどのような悪影響を受けたのかを説明できるようにすること
②懲戒解雇が難しい場合には、退職勧奨等も活用し、解決を図ること
(1)会社が受けた影響を説明できるようにすること
裁判所は、なかなか「盗撮行為=犯罪=懲戒解雇相当」という考え方をとってくれません。
通勤中の盗撮を理由とした解雇が有効となった事案は、鉄道会社の職員が鉄道内で痴漢行為を繰り返していた事案があります。
(東京高判平成15年12月11日労判867号5頁・小田急事件)。
痴漢撲滅運動に取り組んでいた鉄道会社の職員が鉄道内で痴漢をしており、裁判所に対して、「痴漢行為・盗撮行為が会社の運営にどのように悪影響を及ぼすのか」具体的に説明できる事案でした。
このように、通勤という私生活での行為(裁判所はそのようにとらえます)が、企業の秩序に具体的にどのような悪影響をもたらすのかを、各社の業務内容や非違行為の内容等をもとに、具体的に説明できることが重要です。
※補足:法改正の影響
2023年7月13日以降、「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律」が施行されています。
この法律では、いわゆる盗撮行為は「三年以下の拘禁刑又は三百万円以下の罰金に処する」とされています(同法2条)。
そのため、この判決の時と異なり、条例違反にとどまるという点は、解雇を否定する理由にはなりません。
ただし、私生活上の窃盗行為等の刑法犯であっても、企業秩序への具体的な影響を説明できなければ、解雇は無効になります。
(銀行員の私生活上の窃盗行為を理由とした懲戒解雇を無効とした裁判例として東京地裁令和6年3月8日労経速2570-31事件)。
そのため、法改正後の現在でも、「盗撮行為=犯罪=懲戒解雇相当」とはいえず、「痴漢行為・盗撮行為が会社の運営にどのように悪影響を及ぼすのか」具体的に説明できる準備を整えることが重要です。
(2)懲戒解雇が難しい場合には、退職勧奨等も活用し、解決を図ること
盗撮をした従業員が会社にいる場合、女性従業員からの不安等が広まる危険も出てきます。
そのため、(1)の説明が難しい場合にも、退職させることを視野に入れた対応が求められます。
説明例
貴方は●●月●●日に通勤中に盗撮行為をして逮捕されましたね。このことについては、報道もされて当社の従業員も貴方のことだと分かってしまっているようです。貴方の行為により社内に不安が広まっており、当社も雇用し続けるのが難しい状況です。
そのため、今後、貴方がどうしたいのか、お伺いしたいと考えます。
もし、退職される場合には、当社として一定の生活補償も考えます。
このような話法で、話し合いによる解決を目指すことが考えられます。
また、逮捕・勾留により14日以上出勤していない場合には勤怠不良を理由とした普通解雇が考えられます。
また、職場での人間関係によっては、配置転換等も視野に入れて対応します。
これらの対応は「犯罪をしても解雇しない」という情けをかけるものではありません。
問題のある従業員に出て行ってもらう・問題のある従業員がいる中で企業秩序を守るという目的を達成するために、最もリスクのない方法を選ぶということになります。
3 まとめ
近時は、某テレビ局のように「従業員が性犯罪などに関与したかもしれない」という印象だけで取引が停止することもあります。
そのため、「盗撮行為=犯罪=懲戒解雇相当」との考えは非常によく理解できます。
しかし、裁判所の考え方を踏まえた対応をしなければ、解雇した従業員に数百万円以上の支払いと復職が必要になります。
これを防ぐには、労務問題に詳しい弁護士に相談しながら、
・解雇が無効になるリスクがどの程度あるのか、
・それを踏まえてどのような対話をすべきか
を一緒に考えることがベストです。