ハラスメントの「被害者」の中には、会社のハラスメント調査の結果に不満を持ち、繰り返し再調査等を要求する方もいます。このような方への対応が問題となった裁判例を取り上げて、対応を検討します。
1 裁判例の情報
(1)東京地裁令和6年6月27日判決 労働経済判例速報2571-3
(2)事案の概要
・本件では労働者X(A国出身者)は2020年3月13日に、2012年、2014年、2019年のG氏の発言がハラスメント(人種差別に関するハラスメント)であると被害申告しました。Y社は、1か月でヒアリング等を行い、2020年4月30日、5月5日、5月11日に、Xに調査結果を報告しました。ハラスメントではないが不適切な発言はあったという内容です。
・しかし、Xはこの報告に不満を持ち、少なくとも1か月半で5回以上、経営陣等に調査結果の不満等を述べました。Y社は7月14日に警告書を発出しましたが、Xは警告書に従わない旨を述べ、また、Y社はまるで北朝鮮である等と述べました。
・そこで、Y社はXに対して9/7に懲戒処分(けん責)を行いました。しかし、Xは9/19に調査結果への不満や他の従業員に会社は「北朝鮮よりも悪質」等と非難するメールを送ると予告。その後も、他の従業員等への連絡を辞めない旨を述べていました。
・以上の経緯から、Y社は2021年1月20日、労働者Xを解雇しました。
(3)裁判所の判断
懲戒処分は有効、その後の解雇も有効
(4)理由
ア 懲戒処分の効力
・人事担当者以外への連絡を禁止する業務指示に違反して連絡を繰り返したことは懲戒事由に該当する。
・さらに、多数の従業員への連絡を予告したり、その中で北朝鮮と類似するなどと誹謗めいた内容を記載したりしたこと等を踏まえれば、実際に連絡した範囲が経営陣や幹部に限定されていることを考慮しても、連絡手段は相当ではない。
イ 解雇の効力
・懲戒処分後も反省の態度を示さなかった。
・原告を職場に戻し、業務に従事させると、他の従業員等に本件申告の被害事実及びモルガン・スタンレー・グループの経営陣がハラスメントの被害者の口をふさごうとしており、これに逆らうと処刑されるなどと言った原告の主張を再度伝達するおそれが客観的にあると言える。そうすると、これによる業務の支障を回避するためには、今後、原告を職場に戻すことはできず、解雇するよりほかはないと言える。→解雇は有効
2 実務対応
・ハラスメントへの対応は適切に行い、結果も報告する。
・被害申告の連絡先を外部弁護士に変更させる
・社内での連絡や誹謗中傷を繰り返す場合には懲戒処分等も含めた対応を行う。
(1)ハラスメントへの対応は適切に行い、結果も報告する
Y社は、ハラスメントの被害申告に対して、Xや関係者からヒアリングを行い、事実認定をしたうえで、Gに指導を行うとともに、Xに調査結果を報告しています。
これらの調査や報告をしていない場合、Xが繰り返し被害を述べたとしてもやむを得ないとされかねません。ハラスメントの被害申告を理由とした不利益取り扱いは禁止されていますし(労働施策総合推進法30条の2第2項)、また、内部告発を理由とした解雇を無効とした裁判例もあるためです。
したがって、まずは、適切な調査と調査結果等の報告が欠かせません。
(2)被害申告の連絡先を外部弁護士に変更させる
本件でY社は労働者Xに対して、人事担当者以外への連絡を禁止しており、人事担当者への連絡は禁止していません。裁判所は、この点も懲戒処分を有効とした理由に挙げています。
(補足・・・労働者Xは人事担当者以外への連絡を禁止する業務指示は、口止めを狙った違法な業務指示であり違反しても懲戒処分の対象にはならないと主張していました。裁判所は、この業務指示について、業務上の必要性があるとともに、人事担当者への連絡は可能であることから労働者Xの権利を不当に侵害するものではなく適法と判断しました。仮に、労働者Xに対して、一切の口外を禁止するような指示を出した場合には、結論が変わっていた可能性もあります。)
このように連絡のはけ口を設けることが重要です。
他方、中小企業では、内部にはけ口を設けることは困難です。Xのように繰り返し連絡をしてくる従業員への対応をしてはその職員の業務が滞ります。
そこで、このような場合には、外部の顧問弁護士等に連絡先を変更することが考えられます。この場合には、次のような内容を通知することも考えられます(具体的な文案は事案により異なります。)。
●●殿
業務指示書
●●年●●月●●日付
●●株式会社
貴殿より申告を受けている●●の件(以下「本件」という。)については、今後、当社の顧問弁護士である●●弁護士が連絡を担当します。
そのため、本件に関し、ご要望等ございましたら●●弁護士に書面でお申し出するように本書で命じます。当社の●●そのほかの従業員に連絡をされても対応できません。
これでも連絡を繰り返す場合には(3)のような対応になります。
(3)社内での連絡や誹謗中傷を繰り返す場合には懲戒処分等も含めた対応を行う。
本件で最終的に解雇が有効となったのは、「懲戒処分後も反省の態度を示さなかった。」ことにつきます。これを裏付けるには懲戒処分等による改善の機会を与えることが必須です。
本件では、懲戒処分(けん責)の後も、「北朝鮮よりひどい」と言った誹謗を行うことを予告したこと等から、反省の余地なしと判断されています。
懲戒処分を行う際には、就業規則の内容や周知状況、懲戒事由の裏付けの有無等を考慮し、裁判で争いになっても勝てる処分とすることが肝要です。
処分が無効となってしまえば、他の従業員に「あいつはあれだけトラブルを起こしても許されるんだ」と言った誤解を与えかねないためです。
※参考:100回以上にわたる旅費等の不正受給を理由とする懲戒解雇を無効とした裁判例として札幌高判R3.11.17(結果的に会社は労働者への2100万円近くの支払いと復職を命じられています。)
まとめ
ハラスメントの「被害者」について、労働法は強い保護を与えています。他方で「被害者」であるから何をしても許されるという対応は混乱をもたらします。
ハラスメント「被害者」への対応は労働問題に詳しい弁護士に相談して、裁判も見据えた対応を講じることが不可欠です。