A」 解雇の前に懲戒処分を複数回行うなど、本人に重大性を自覚させるプロセスを踏むことが必要です。このプロセスを経ても問題のある言動を繰り返す場合には解雇もあり得ます。
1 解雇が有効になるのはどのような場合か
パワハラを理由とする解雇ができるのは、行為の反復継続性等から当該労働者に改善・是正の余地がなく労働契約の継続が困難な状態に達していることが証拠上、明らかな場合とされています。
そのため、パワハラへの世間の目が厳しい現在でも「パワハラ=解雇相当」とはなりません。
この立証の準備をしないまま、パワハラ従業員を解雇した場合、裁判所は、パワハラ従業員の復職と解雇期間中の賃金(1000万円超となる事案も多数あります)の支払いを命ずることになります。
2 注意をしてもパワハラを繰り返す従業員の解雇が無効になり、1600万円以上の支払いを命じられた例
最新裁判例の中には、パワハラを繰り返した従業員の解雇を無効と判断した事案があります
(東京地裁令和6年9月19日判決労働経済判例速報2572ー26)。
この事案では、労働者は、2017年8月から2021年8月までの4年間で10件以上のパワハラ発言を繰り返していました。
そのため、会社は、労働者に対して、書面による厳重注意や口頭注意を行っていました。
しかし、労働者は2021年8月に「殺すぞお前」「馬鹿じゃねえかお前」等と述べ顔面をたたいくなどのパワハラに及びました。
会社は、同月中に労働者に訓告(書面による厳重注意)の後に配置転換を検討しましたが、受け入れ先が見つからないことを理由に2021年12月に解雇しました。
裁判所は、労働者の粗暴な言動は根深いものがあるとしつつも、
・原告は被告から懲戒処分を受けたことがないこと
・人事上の降格等によって従前の行為の重大性を反省させるなどの措置も取られていないこと
等を理由に解雇を無効と判断しました。
この結果、会社は、この労働者の復職と解雇期間中の賃金として1600万円を超える支払いを命じられました。
3 実務対応のポイント
(1)懲戒処分の活用
裁判所に「当該労働者に改善・是正の余地がなく労働契約の継続が困難な状態に達している」ことを示すには、懲戒処分が重要な根拠となります。
特に本件のようにハラスメントを繰り返す従業員の場合、
・1回目からけん責・戒告等の軽微な懲戒処分を、
・2回目以降は出勤停止等の経済的な懲戒処分を
・3回目以降は出勤停止等の処分や態様によっては普通解雇等を
検討するなど少しずつ制裁を強めて指導を行うことになります。
※補足ポイント
懲戒処分を行うには、懲戒の種別と事由を定めた就業規則が周知されていること(従業員が見ようと思えば見れる状況にあること)が必要です。
また、懲戒事由の事実認定(証拠の確保・評価)や裁判例等を踏まえた具体的な量刑の検討が必要です。
特に後者の事実認定は、裁判所の考え方をベースとした判断が必要なため、弁護士の専門分野となります。
(2)配置転換や警告を活用
就業規則の問題等で懲戒処分ができない場合には、次の措置が考えられます。
・役職を下げるなど不利益のある人事上の措置を講じる
・解雇を警告する書面による最終警告を行う。
いずれにしても「単なる注意」ではなく「次やったら会社にはいられないよ」と明確に伝わるような適法な措置が重要です。
(3)改善しない場合の対応
これらの処分を経ても、
・行為者が短期間に同様の言動をした場合や、
・行為者が処分に従わない旨を明言するなど改善意欲がないことを表明した場合
などには、裁判所に「当該労働者に改善・是正の余地がなく労働契約の継続が困難な状態に達している」と判断してもらいやすくなります。
例えば、問題のある言動を繰り返し、けん責処分を4回繰り返しても問題社員が反省の弁を述べず、むしろ懲戒処分ん通知書をその場でシュレッダーにかけるなどした事案で、裁判所は普通解雇を有効としています(東京高裁H14.09.30判決)。
このほか業務指示違反に対してけん責、出勤停止の懲戒処分を課しても業務指示に従わなかった従業員の解雇を有効とした裁判例もあります(東京地裁R6/4/24判決)。
ただし、いきなり解雇するのではなく、
・しっかりと本人の言い分を聞き、
・その上で、話し合いにより退職合意をして解決することを模索する
というステップを踏むことをお勧めします。
4 まとめ
・厳重注意や口頭注意で改まらない労働者に対しては、有効な懲戒処分を行う。
・懲戒処分は問題行動を繰り返した場合には少しずつ重くする。
・懲戒処分等を経ても問題行動が繰り返される場合などには解雇も含めて検討する。
対応にお悩みの場合には社労士や労働問題に詳しい弁護士への相談をお勧めします。
執筆者:稲田拓真(弁護士。得意分野:経営者側での労働紛争への対応)