企業経営において、従業員の協調性はチームワーク、生産性、そして職場全体の士気に不可欠な要素です。しかし、中には協調性に欠ける従業員が存在し、組織運営に悪影響を及ぼすことがあります。本稿では、協調性の不足を理由とする従業員の解雇における法的リスク、適切な対応方法、そして弁護士に相談することのメリットについて、経営者の皆様に向けて詳しく解説します。
目次
Q協調性を欠く従業員の解雇はできるのか・不当解雇のリスクは?
Q協調性不足が解雇理由として認められるための要件は?
Q協調性の不足が認められる従業員への適切な対応方法は?
Q経営者側の労働問題に詳しい弁護士に相談するメリットは?
協調性不足を理由とする解雇の法的リスク
上記のような言動を繰り返す従業員が一人でも組織にいると、他の同僚のモチベーションを削ぎ、仕事のパフォーマンスも下がります。そのため、解雇したいと考えることは当たり前のことだと考えます。
ただし、十分な証拠の確保と指導を経た後でなければ、解雇した従業員に訴えられてしまい、裁判所が会社に対して従業員を復職させるように命じることも多々あります。
例えば、大阪地裁令和4年4月12日判決があります。この事案で労働者は、7か月近くにわたり「Iさん〔先輩〕の言うことは聞かない」「〔Iさんへの最後の〕審判の日はもうすぐ」等と繰り返し述べていました。会社は、注意をしても、労働者がそのような言動を繰り返したため、会社はやむなく解雇した事案です。しかし、裁判所は、会社が労働者に対して具体的なコミュニケーション改善の指導をしていなかったことや、口論は減少していたこと等を理由に、解雇を無効と判断し、会社から労働者に対して400万円以上の賃金の支払と復職を命じました。
そのため、解雇を目指すためには、その要件を理解した上で、その要件を満たすようなプロセスを経ていく必要があります。
【弁護士の一言メモ】
過去に私が対応に当たった事案の中には、次のようなものもありました。
・同僚複数名にハラスメントまがいの言動を繰り返し同僚複数名から「当該労働者が復職するならば辞めてやる」等と言われるほどの労働者を解雇した事案で、解雇が無効となり、当該労働者の復職と当該労働者に2000万円を超える賃金の支払が必要になった事案。
・同僚従業員を何人も泣かせてきた問題社員に対して賃金6か月分を支払って退職合意をすることになった事案。
私は、解雇に踏み切った会社の判断は間違っていないと考えます。しかし、実際に解雇を通知するまでに段階を経ておかないと、解雇が無効となり、却って混乱が生じることになりかねない例とも言えます。
Q協調性不足が解雇理由として認められるための要件は
協調性の不足が解雇理由として正当と認められるためには、一般的に以下の条件を満たす必要があります。
・具体的な業務上の支障の発生
従業員の協調性の欠如によって、具体的な業務の遂行に支障が生じていることの立証が必要です 。先の裁判例も、業務への影響が否定されたことが解雇無効の理由の一つになっています。例えば、チーム内のコミュニケーション不足によるプロジェクトの遅延、顧客とのトラブルの頻発などが該当します 。
・改善のための十分な指導と機会の提供
どのような言動が問題であったか・今後はどのような言動に改めるべきか等の指導が必要です。場合によっては懲戒処分も要します。これらの指導等は、書面により記録しておくことが重要です。
・改善の見込みがないこと
上記の指導を繰り返し実施した後にも、問題のある言動を繰り返しトラブルが生じ続けていたとなれば、解雇が有効となる可能性が高まります。
協調性の有無の判断には主観的な要素が入り込む余地があるため、日常業務における具体的な問題行動、会社による注意・指導の内容などを詳細に記録しておくことが不可欠です 。
【一言・中小企業の実務】
従業員が10名程度の小さな企業でも、これらの指導等は欠かせません。
例えば、東京高裁H14/9/30判決は、従業員10名あまりの企業で協調性を欠く従業員が多数の問題行動を行ったことを理由に、会社が解雇した事案です。この事案で、裁判所は、会社が4回にわたる懲戒処分により改善の機会を付与したこと、労働者がこれに対して懲戒処分通知書をその場でシュレッダーにかけるなど反省の様子を全く示さなかったことを理由に、解雇を有効としています。
反対に言えば、従業員10名程度の会社であっても、このような指導は不可欠ということになります。
中小企業の場合、人的なリソースは限られます。そのため、弁護士が、効率的な事実関係の調査サポート(最低限、確認して集めてほしい証拠等の助言)業務指示書等の書面作成、これらを渡す面談の補助(台本作成等)などの対応を、効率的に行うことが不可欠です。
Q協調性の不足が認められる従業員への適切な対応方法
1 問題点の具体的な特定
まず、周囲の従業員への聞き取り調査などを通じて、問題となる具体的な言動を特定します。
(例:労働者Xが3月14日に同僚Yに対して「お前は頭がおかしい。」「お前の言っていることは理解できない」と述べた。)
2 改善に向けた指導・注意
特定された問題点に基づき、従業員本人と面談を行い、問題行動の内容と改善すべき点を具体的に伝えます。この時には、厳重注意書等の書面で指導を行います。
3 懲戒処分の検討
指導や改善の機会を与えても改善が見られない場合は、就業規則に基づき、譴責、減給、出勤停止などの懲戒処分を段階的に検討します。懲戒処分は、問題行動の程度に応じて適切に行う必要があります。
4 配置転換や職務内容の変更といった代替措置の検討
協調性の不足が特定のチームや職務に起因する場合、配置転換や職務内容の変更といった代替措置を検討することも重要です 。
例えば、裁判例の中には上司を変えることで改善の余地があったと判断し、配置転換を経ないままでの解雇を無効としたものがあります。
そのため、協調性が欠ける言動の原因次第では、配置の変更も視野に入れるべきです。ただし、中小企業など配置転換が難しい場合は、その事情も考慮されることがあります 。
5 退職勧奨の実施
これらを経ても改善しない場合には、解雇の前に退職勧奨を行います。退職勧奨は、あくまで従業員の自主的な退職を促すものです。退職勧奨を行う際は、人事権限のある担当者が同席し、退職条件(退職金の上乗せなど)について協議することになります
【弁護士の一言メモ】
「侮辱的な発言をして同僚を泣かせていた」「同僚に文句を言っていた」「上司に攻撃的であった」という事案であれば、裁判所は、「侮辱的な発言」「文句」「攻撃的」の具体的な発言として「誰に対して」「どのような場面で」「何を言ったのか」「いつ頃のことか」を明らかにするように求めてきます。懲戒処分等の場面でもこれらを明確にしたうえで処分をすることが、後の解雇等を有効にするためには必須です。
Q弁護士に相談するメリットは
協調性の不足を理由とする従業員の解雇を検討する際には、事前に労働問題に詳しい弁護士に相談することには多くのメリットがあります。
・解雇に向けた記録作成のサポート
例えば、どのような証拠を残すべきか、証拠となり得る厳重注意書には何を記載すべきかなどを助言します。
・厳重注意書・解雇通知書等の代筆
厳重注意書を含む書面は、解雇の重要な証拠となります。これらの証拠作成を代筆します。
これにより、余計なことを書いて却って不利になった、記載すべき事項を記載しておらず不利になったという事態を防ぎます。
・パワハラにならない指導の実現
指導がパワハラにならないように台本等を準備します。このため、「指導はパワハラだ」等と言われても的確な対応ができます。
また、退職勧奨等にあたっても、台本作成等によるサポートを行います。
・従業員との交渉や労働審判・訴訟への対応
従業員から解雇の無効を訴えられた場合などには、弁護士が企業側の代理人として交渉や労働審判、訴訟に対応することができます 。
・指導体制の見直し等の再発防止策
紛争が解決した後にも、同種の紛争が生じないようにするための規則整備、指導体制の提案、証拠収集段階からのサポートを行います。これにより、将来的な労務リスクを低減することが可能になります。
【弁護士の一言メモ】
解雇に向けた記録作成のサポート、厳重注意書・解雇通知書等の代筆、パワハラにならない指導の実現などの対応は、「誰に相談するか」によって、巧拙が大きく分かれます。
私が見てきた事案でも次のような事案がありました。
・「解雇予告手当を払えば解雇できる」と間違った助言をした専門職
(労働審判対応により多額の支払いを要することになりました。)
・無理筋な解雇をしたいという要望に対して「リスクがありますよ」というのみで対応策の説明も制止もしなかった専門職
(その後に争われ、会社は経営者が当初に想定していた金額の4倍近くを支払うことになりました。)
・「解雇通知書を作って」「数年前の行為を懲戒したい」と言われた際に、リスクの分析等をしないまま解雇通知書、懲戒処分通知書を作成した専門職
(訴訟になり、事案によっては、数千万円の賠償をすることになりました。)
私は、これらの紛争の後始末をしてきました。
そのような経験から、経営者側の労働問題は、真に経営者側の労働問題に注力して対応に慣れている弁護士のサポートが不可欠と考えています。