近年、中途採用の増加に伴い、採用選考における職歴の重要性がますます高まっています。しかし、その一方で、職歴詐称を理由とした内定取り消しや解雇に関するトラブルも増加しており、企業にとって大きなリスクとなっています。
本稿では、職歴詐称を理由とした内定取り消しを有効とした最新の裁判例を題材に、企業が採用時に注意すべきポイントや、トラブルを未然に防ぐための具体的な対策について解説します。
1.職歴詐称が内定取り消し(解雇)事由となる要件
企業が従業員を懲戒処分や解雇とする場合、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められる必要があります。職歴詐称の場合、「重要な経歴」の詐称に該当するかどうかが判断の分かれ目となります。
ここでいう「重要な経歴」とは、学歴、職歴、犯罪歴など、企業が採用選考において、従業員の能力や適性を判断する上で看過できない事項を指します。
過去の裁判例では、以下のような職歴詐称が懲戒処分の対象となり得ると判断されています。
- 重要な職歴の隠蔽: 採用選考において、応募者にとって不利となる職歴(短期間での離職歴、懲戒解雇歴など)を意図的に隠蔽する行為。
- 職歴の捏造: 存在しない職歴を履歴書や職務経歴書に記載する行為。
- 前職とのトラブルの隠蔽: 前職との間で、解雇や退職に関するトラブルがあった事実を隠蔽する行為。
これらの行為は、企業と従業員間の信頼関係を損なうだけでなく、採用選考の公正性を著しく損なうものであり、懲戒処分や解雇はやむを得ないと言えるでしょう。
2.最新判例:東京地裁令和6年12月5日判決の概要
(1)判例の概要
この裁判例では、応募者が提出した履歴書に虚偽の職歴が記載されていたことが発覚し、企業が内定を取り消した事案が争われました。
- 応募者は、A社に4年、C社に2年、D社に1年、E社に9か月在籍していたと申告していました。
- しかし、実際には、A社在籍中にI社でも就労しており、E社在籍期間中にF社(5か月)、G社(1か月)でも就労しており、さらに3か月の空白期間がありました。
- 応募者は、F社、G社との間で雇用関係の解消をめぐるトラブルを抱えており、その事実を隠蔽するために職歴を偽っていました。
- 企業は、採用後に身辺調査を行った結果、職歴詐称が発覚し、内定を取り消しました。
(2)裁判所の判断
裁判所は、企業による内定取り消し(解雇)を有効と判断しました。その理由は以下のとおりです。
- 重要な事項の詐称: 職歴は、企業の採用選考において、従業員の能力や適性を判断するための重要な情報であり、紛争の事実は、企業の採用判断に影響を与える重要な事項である。
- 故意による詐称: 応募者は、面接においても虚偽の説明を繰り返しており、故意に職歴を詐称していたと認められる。
- 詐称の程度: 応募者による職歴詐称は、履歴書に記載された期間の半分近くを占めており、履歴書や職務経歴書の信頼性を著しく損なうものである。
裁判所は、これらの点を総合的に考慮し、「応募者が企業の円滑な運営に必要な相互信頼関係を損なう人物であり、企業に留めておくことができないほどの不正義性が認められる」として、解雇を有効と判断しました。
3.職歴詐称トラブルを防止するための対策
この裁判例から、企業は採用選考において、応募者の職歴を慎重に確認し、職歴詐称のリスクを最小限に抑えるための対策を講じる必要があります。
(1)求める人材像に「対人関係能力」を明記する
この裁判例では、企業の求人票に「期待するヒューマンスキル:物事を客観的に捉え、論理的に考えをまとめ、相手に応じた最適なコミュニケーションで仕事を進めることができる」という記載があったことが、企業の主張を裏付ける根拠の一つとなりました。
企業は、求人票や募集要項において、単にスキルや経験だけでなく、対人関係能力やコミュニケーション能力も重視することを明確に記載しておくことが重要です。
(2)リファレンスチェックの実施
リファレンスチェックとは、採用選考の過程で、応募者の前職の同僚や上司などに、応募者の勤務状況や人物像について問い合わせる調査のことです。
リファレンスチェックを実施することで、応募者の職歴や実績の信憑性を確認し、職歴詐称を未然に防ぐことができます。
ただし、リファレンスチェックを行うにあたっては、個人情報保護法を遵守する必要があります。必ず応募者本人の同意を得た上で、必要な範囲でのみ情報収集を行うようにしましょう。
以下に、同意書のサンプルを提示します。
(同意書サンプル)
[前職会社名] 御中
同意書
私は、貴社が、[採用企業名]に対し、同社の採用活動のために、私の在籍歴、勤務態度や勤務成績、人事考課の内容、賞罰歴その他の個人情報を開示することに同意します。
以上
[日付] [署名押印]
(3)職歴詐称が発覚した場合の迅速な対応
採用選考の過程で職歴詐称が発覚した場合、企業は迅速かつ適切な対応を取る必要があります。
一般的に、採用しないことは企業の自由ですが、採用後に内定を取り消す、または解雇する場合は、法的なリスクが伴います。
内定段階であれば、比較的容易に内定を取り消すことができますが、試用期間や本採用後になると、解雇のハードルは高くなります。
企業は、職歴詐称が発覚した時点で、速やかに弁護士などの専門家に相談し、法的リスクを最小限に抑えるための対応策を検討する必要があります。
具体的には、以下のような対応が考えられます。
- 内定取り消し: 内定段階であれば、比較的容易に内定を取り消すことができます。ただし、内定取り消しの理由を明確に説明し、記録に残しておくことが重要です。
- 退職勧奨(内定辞退の提案): 訴訟リスクを避けるために、まずは応募者に対して内定辞退を提案することも有効な手段です。
- 解雇: 本採用後であれば、解雇は非常に難しい判断となります。解雇理由を明確にし、客観的な証拠に基づいて判断する必要があります。
(4)裁判になった場合に備えた準備
万が一、内定取り消しや解雇が裁判に発展した場合に備えて、企業は以下の資料を整備しておくことが重要です。
- 求人票の記載: 求める人材像や必要なスキル、経験などを具体的に記載しておくことが重要です。
- 履歴書・職務経歴書の記載: 応募者が提出した書類は、原本を保管しておくことが重要です。
- 面接時の問答の内容: 面接時の質問内容や応募者の回答を記録に残しておくことが重要です。
- 応募者が提出した資料: 卒業証明書、資格証明書など、応募者が提出した資料は、原本を保管しておくことが重要です。
- 採用内定通知書の記載: 内定取り消し事由を明記しておくことで、トラブル発生時のリスクを軽減できます。
これらの資料は、裁判所が内定取り消しや解雇の有効性を判断する上で重要な証拠となります。
4.まとめ
中途採用の増加に伴い、職歴詐称のリスクはますます高まっています。企業は、本稿で解説した対策を参考に、採用選考における職歴確認を徹底し、職歴詐称によるトラブルを未然に防ぐことが重要です。
万が一、トラブルが発生した場合は、速やかに弁護士などの専門家に相談し、適切な対応を取るようにしましょう。