1.はじめに:多くの企業が直面する「復職」の課題
メンタルヘルス不調等で休職された従業員の復職に関して、頭を悩ませるケースが増えているのではないでしょうか。
特に、「主治医の『復職可』診断書は出たものの、本当に元の業務をこなせるのか?」と企業側が慎重にならざるを得ない場面は少なくありません。このような状況で有効な選択肢となるのが「試し勤務(リハビリ出勤)」です。
しかし、従業員がこの試し勤務の条件に納得せず、拒否し続けた場合、企業はどう対応すべきでしょうか? 本稿では、まさにこの点について判断を示した注目すべき最新の裁判例(静岡地裁 令和6年10月31日判決)を題材に、実務上のポイントと法的な留意点を、我々弁護士の視点から詳しく解説します。
2.【裁判例解説】試し勤務拒否と「治癒認定への協力義務」
(1)事案の概要
- 従業員Aは、私傷病(メンタル不調)により約6ヶ月間休職。
- その後、産業医から「試し勤務を経て復職が望ましい」との意見が出た。
- 会社は、休職前の部署で負荷の軽いレポート作成業務を最低賃金で試し勤務として提案。
- しかし、Aはこれを4ヶ月にわたり拒否。
- 会社は、Aが治癒したことを確認できないとして、就業規則に基づき「休職期間満了による退職扱い」とした。
(2)裁判所の判断:ここがポイント!
この裁判例の最も重要なポイントは、「就業規則に治癒認定手続きの明確な定めがなくとも、復職を主張する労働者には、会社による治癒の判断に協力する義務がある」と判示した点です。これは労働契約に付随する信義則上の義務と解されます。
そして、「正当な理由なく」この協力義務を怠る場合には、会社による退職扱い(あるいは解雇)といった不利益な取り扱いが正当化される場合がある、と明確に述べました。
本件では、
- 長期間(自宅待機と併せて6か月)の休職実績
- 提案された試し勤務の場所・内容の合理性
- 試し勤務中の賃金(最低賃金)も「不当とは言い難い」(※本来の労務提供ではないリハビリ勤務である点を考慮)
- 会社側は協議に応じる姿勢を示していたにも関わらず、Aが一方的に拒否したこと
などが総合的に考慮され、会社の退職扱いは有効と判断されました。
3.試し勤務提案から退職扱いに至るまでのフロー
- 【STEP 1】合理的計画: 会社が最初に示す試し勤務の内容が「合理的」であることが大前提です。
- 【STEP 2-3】提案と協議: 一方的な通知ではなく、提案・説明し、従業員の意見を聞き、誠実に協議する姿勢が重要です。このプロセスを記録に残すことが、後の紛争リスクに備える上で不可欠となります。
- 【STEP 4】正当な理由の有無: 従業員が拒否する場合、その理由が「正当」かどうかが大きな分岐点です。会社の提案が明らかに不合理であれば、会社側が見直す必要があります。
- 【STEP 5】協力義務違反と最終措置: 正当な理由なく、誠実な協議・説得にも応じず試し勤務への協力を拒否し続ける場合、それは労働契約上の「協力義務違反」と評価される可能性があります。その上で、就業規則の規定(例:休職期間満了による退職)に基づき、最終的な措置(退職扱い等)を検討することになります。
4.実務対応の急所と紛争予防策
上記の裁判例とフローを踏まえ、我々が実務で顧問先企業にアドバイスする上で、特に重要となるポイントは以下の通りです。
- (1) 試し勤務の「合理的な」設計が不可欠(上記フロー STEP 1)
- 単に「試し勤務」を命じるのではなく、その内容(負荷の軽い業務)、場所、時間、そして賃金について、なぜその設定なのか、客観的に見て合理的であることを説明できるようにしておく必要があります。
- 特に賃金については、本来の業務ではないこと、リハビリ目的であることを根拠に、通常の賃金より減額することも許容され得ますが、最低賃金は必ず遵守してください。この「合理性」の立証が、万一の紛争時に極めて重要となります。
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(2) 「協議のプロセス」こそが防御の鍵(上記フロー STEP 2, 3)
- 裁判所が「会社側の協議姿勢」を重視した点は見逃せません。一方的に条件を提示するだけでなく、「ご意見があればお聞かせください」「協議の上、調整可能な点は検討します」といった真摯な対話の姿勢を示し、そのやり取りをメール等で記録しておくことが、紛争予防の観点から非常に有効です。労働者が不合理な要求に終始し、協議に応じない場合でも、企業側が誠実に対応した証拠となります。
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(3) 証拠に基づく慎重な最終判断(上記フロー STEP 4, 5)
- 試し勤務の提案と協議を経てもなお、従業員が正当な理由なく協力を拒否する場合、就業規則の規定(休職期間満了、解雇事由など)に照らし、退職扱い(または解雇)を検討することになります。
- ただし、これは最終手段であり、紛争リスクの高い判断です。実行前に、①就業規則の規定、②休職命令の有効性、③主治医や産業医の意見、④試し勤務提案の合理性、⑤交渉経緯の記録など、客観的な証拠が十分に揃っているかを必ず確認してください。
5.リスクと専門家の活用
復職を希望する従業員に対する退職や解雇の判断は、労働者からすれば自身の生活が懸かっているため、労働審判や訴訟に発展するリスクが常に伴います。
裁判所が最終的に「会社の対応は適切だった」と判断するかどうかは、法的な観点からの緻密な検討が不可欠です。
私たち経営者側の労働問題を得意とする弁護士は、こうした紛争リスクを正確に評価し、証拠に基づいた最善の対応戦略を策定するお手伝いができます。
6.まとめ
今回の静岡地裁の判決は、企業が適切な手順を踏み、誠実な対応を尽くせば、試し勤務への協力を拒む従業員に対して、退職扱いという厳しい判断も是認されうることを示しました。
このような事案では、初期対応と証拠の確保が極めて重要です。ぜひ、本稿で解説したポイントを踏まえ、安易な判断をせず、必要に応じて早期に労働問題に詳しい弁護士にご相談ください。
【免責事項】
本記事は、一般的な情報提供を目的とするものであり、特定の事案に対する法的アドバイスではありません。個別の事案については、必ず弁護士にご相談ください。