Q主治医が復職可能と判断し、産業医が復職不可と判断した場合、会社は復職を拒否できるのか?

 Q」当社の従業員が6か月間うつ病で休職していました。休職期間満了の2週間前、従業員から「復職可能」との診断書が提出されました。しかし、当社の産業医は面談の結果、「就業は難しいのではないか」という意見を持っています。産業医の意見に基づき、退職扱いにしてもよいのでしょうか。

 

A」主治医と産業医の意見書の根拠などを比較し、産業医の意見書の医学的説得力が高い場合は、復職拒否も考えられます。最新の裁判例を基に比較方法を見ていきましょう。

※対応方法は「3」のとおりです。

 

1 はじめに

「Q」のように、長期間休職していた従業員が休職期間満了の直前に突然「回復した」という診断書を提出することがあります。

この場合の対応としては、なぜ主治医が復職可能と判断したのか、なぜ産業医が復職不可と考えたのか、その根拠を明確にすることが重要です。

 

2 参考となる裁判例

例えば、東京地方裁判所令和5年4月10日判決が参考になります。

 

この事案では、1年6か月間「抑うつ状態」で休職した労働者Xの復職が問題となりました。

 

労働者Xは主治医から「復職可能」との診断書を取り付け復職を求めましたが、会社は産業医Jの意見を理由に復職を拒否し、退職させました。

 

裁判所は退職扱いは正当であると判断しました。その理由は両者の意見書の相違にありました。

 

主治医が復職可能と判断した理由は、「原告自身が働けるかどうかを一番分かっているので、原告の言葉を聞いて同日から復職可能であると判断した」というものでした。

 

これに対し産業医は、次の点から復職不可と判断しました。

 

①服薬量が通常時の倍以上であること

②産業医面談時に取り繕う様子があったこと〔注:自身の体調等を正しく申告していない可能性〕。

③治療開始後1年以上を経過してもあまり状態が改善しておらず、外出もあまりしていない。

④自身の病気について理解していない(主治医に丸投げの姿勢)

⑤提出を指示した生活リズム表が提出されていない

⑥復職面談日に無断で姿を見せないこと等があった。

 

裁判所は、「令和2年3月時点で復職可能な程度に回復しており、あるいは、復職後ほどなく回復する見込みがあるとは診断し難いとしたJ医師の判断は、同時点までの原告の行動等や診療経過とも整合するものとして合理性を有する」と判断し、復職拒否は正当であると判断しました。

 

3 ご質問への対応

(1)産業医に具体的な根拠を確認する

「Q」の事案では、産業医は復職不可と考えています。そこでまずは、産業医にそのように判断した医学的な根拠を具体的に書面で提出してもらいます。上記の裁判例のように、病気の推移、面談時の言動、投薬量の評価などを具体的に教えてもらうことになります。

 

なお、産業医がうつ病などの精神疾患の専門医ではない場合、場合によっては産業医からメンタルヘルスの専門医を紹介してもらうことも考えられます。

 

(2)主治医から詳しい情報を収集する

発症からの経緯を知っているのは主治医です。そのため、主治医から情報を取り付けることも考えられます。この場合には、従業員から、診療情報の提供同意書を取り付けた上で、主治医から産業医に直接情報を提供してもらうことになります(上記の裁判例もそのような対応をとっていました。)

 

(3)場合によっては休職期間を延長し判断の時間を確保する

「Q」では休職期間の満了まで2週間を切っています。この2週間で見切り発車で判断した結果、退職扱いが無効になって復職を命じられた場合、賃金2年分超の支払が必要になるケースもあります。見切り発車をせずに休職期間の延長等を活用して、時間を確保した上で、復職可否の判断を行うことが大切です。

 

 

ポイント

復職できるのに復職不可と判断して退職扱いにした場合、退職扱いをした日から復職させるまでの賃金の支払を要することがあります。例えば、横浜地判平成30年5月10日では、復職拒否が不当であるとして、労働者の復職と賃金2年半分以上の支払(600万円超)を命じています。

このような事態を防ぐためには、多少時間をかけてでも、産業医から説得力のある意見を取り付けることが不可欠です。

4 最後に

主治医が復職可能と述べているが、産業医が復職不可と述べている事案では、会社が退職扱いにすれば、高確率で紛争になります。そのため、紛争リスクを下げ、また紛争になったとしても会社の判断が正当であると立証できるだけの準備が必要です。

 

労働問題に詳しい弁護士に依頼することで、産業医への伝達事項の整理、意見書の法的評価の見通し、これらを踏まえた労働者との面談の台本作成や必要な書式などを確保でき、安心して対応できます。

 

お悩みの際にはぜひご相談ください。